晩餐会がゆったりとした速度で進み、魚のコースに移ります。この日は、Turbotというカレイ(の一種)をほどよくグリルしたものに、季節の野菜(キノコとパールオニオン)を付け合わせた比較的淡白な一品です。調理を担当したのは会場のオーベルジーン(Aubergine)というレストランのイグゼクティブ・シェフ、ジャスティン・コグレイさん。

比較的若いコグレイ シェフにとっては、神のような存在であるスプリッチャル氏(一つ前の料理を担当したリレ・エ・シャトーのマスターシェフ)と同じキッチンで料理を作るというのは、大変な栄誉なのでしょう。気のせいか、説明の時にちょっと緊張していたようでした。

さて、最近はこういう淡白な魚のグリルには『シャルドネ』というのが定番になって来ていますが、そこはこの晩餐会。テーマを外さず、ピノ・ ノワールに合うよう、少し濃いめのMatelote ソース(バターとフィッシュストックにクラム・フレッシュを煮詰めたソース )が添えられています。

料理の横には、まだ眠り足りない(本来であれば、まだまだ長くお蔵で眠っているはずの)エシェゾのピノ・ノワール(2004年)が、佇んでいます。エシェゾで採れたブドウから作るピノは、DRCのピノの中で一番早熟するといわれていますが、それでも平均数十年を経て更に美しいなる超長期熟成タイプなので、8年弱というエシェゾでも、まだティーンエイジャーの趣なのです。

案の定、『僕はアメリカのワインが専門で、フランスワインには疎いから、今夜のテイスティングはとっても楽しみ』と言っていた出席者が、勢い込んで最初にワインを口にして『あれっ?』といった顔をしたのでした。それはそうでしょう。アメリカのふくよかなピノ・ノワールであれば、8年どころか、2〜5年でしっかり大人になり、飲む人を魅惑する術さえも身につけているものですから。

彼の困惑した顔を横目に、ゆっくりとグラスを廻し、顔を近づけてみると…….。 『ワサビ。』 そう、まるで寿司カウンターの向こう側で、板前が上等なわさびを摩っているような、そんなほんのりとした香りがします。何回かワインを揺り起こしても、その香り以上のアローマは、起き上がってきません。

それ以上の揺さぶりを諦めて、口に含んでみて納得。このワインは今レム睡眠の真っ最中です。完全にクローズしています。ちなみに、ワイン(特に熟成型の赤ワイン)には睡眠と覚醒の周期があります。瓶詰めして数年後に香りが開いたり、或はフレーバーが開いたり、或は香りやフレーバーが休眠状態に入ったりを繰り返し、或る時期に香りと味わいが安定してきます。

このワインはちょっと不機嫌、、、。オーナーのヴィレーヌ氏も、「この年は、種々のカビの発生と夏に降った雹 に悩ませれた 難しい年でしたが、収穫出来たブドウは美しく、この年のヴィンテージは豊満さというよりは、筋肉質なワインに育つでしょう。まだ、時間が必要で、今はまだ味わいが開いて来ていないですね。」とコメントしていました。

閑話休題。ちなみに、一般に誤解があるので、ロマネコンティの定義をおさらいしましょう。基本的には、これはDRCが保有する、最高にして世界最良のピノノワールの単一畑、そしてこのブドウで作るワインを指します。また、所有者/醸造元であるドメーヌ ドラ ロマネコンティ社を意味する事もあります。

今回の晩餐会には、ロマネコンティ(のワイン)は出ていません。(まあ、値段的に見たら、当たり前でしょう。)ですが、エシェゾから始まり、それぞれ性格が違うグランクリュー畑のピノの4種が味わえました。

結論から先にいうと、皆ヴィンテージがとても若く、まだまだ飲み頃からはほど遠く、言ってみれば、瓶詰めの前に、醸造中の樽からワインを抜いて将来のワインの資質を試飲するいわゆる「バレル テイスティング」の趣でした。

唯一 香り(nose)と味  (Palate) が或る程度整い始めていたのは、ロマネコンティと比肩し、しかも質的にむらが少ないとされているラ・タッシュの96年ものだけでしたね。この年のは、高い酸味と大きな骨格を感じさせ、あと数十年!待てば、質実剛健なワインに代わりそう。

こんな感想を話すと知り合いから、「それでは20万円ものお金を払って、出席した価値があったのですか?」と聞かれます。つまり(それだけの金額を払うなら、一生の思い出になる位の素晴らしいワインを飲めるはず)という期待が前提になっているのだと、思います。

でも、ワインは生き物なので、どの瞬間に出会うか、どんな状態で出会うかというのが、とても大切なのです。勿論出自がはっきりとしていて、管理が行き届いているという大前提はあります。が、飲み手側としても、それぞれのワインの本来のあり方を理解して、アプローチすることが必要という結論になります。

次回は、同じフランスでもボルドーのシャトーが主催した、30年物から現在のヴィンテージに至る15種類のワインの試飲会のレポートをお届けします。お楽しみに。

注:写真はドメーヌ ドラ ロマネコンティ社のオーナー、オーベール・ド・ヴィレーヌ氏。

Yuki Saito

斉藤ゆき

Diploma WSET, Certified Sommelier, Master of Wine Program
ワイン・コンサルタント 品評会審査員 ワイン・ライター

ニューヨークで金融キャリアを構築後、 生涯のパッションであるワインを、欧米のトップスクールで学び、日本人として希有な資格を数多く有するトッププロ。

ワイン教育の最高学府、Wine and Spirits Education Trust (WSET)の学位(レベル4最上位)をカリフォルニアで、上級資格(レベル3)をトップで本校(ロンドン)にて取得。更に、ソムリエ機関の世界的権威であるCourt of Master Sommeliers(ロンドン)の認定ソムリエ資格も有する。フランス留学は頻繁で、ボルドー、ブルゴーニュを始め、各地のワインスクールでフランス人と共に学ぶ。

現在は、サンフランシスコをベースに、ワインの顧問業務(日米)、連載記事の執筆と講演(日米)、品評会審査と視察(日欧米)を3本柱に活躍する傍ら、ワイン業界最高峰といわれるマスター・オブ・ワインのプログラムに所属し、MWを目指して切磋琢磨中。

5 Comments

  • Samurai 5月 31, 2012 at 2:10 pm

    お金を払ったからそれだけのものを味わわなくちゃ、なんてセコいことを考える人はワインを愛せないなと感じました。一期一会でワインと自然に向き合うゆきさんの姿勢に好感を持つと同時に、そうでないとワインの良さをエンジョイできないのだと理解しました。これからも刺激的でステキなブログ楽しみにしています。

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  • yukisaito 5月 31, 2012 at 5:05 pm

    ワインと毎日向き合う仕事をしている身には、とても嬉しいsamuraiさんのコメントです。よくワインを人間(関係)に例えて物を書いていますが、「一期一会でワインと自然に向き合うと」という姿勢を保ちつつ、不機嫌なワインにもセカンドチャンスを与える柔軟性が必要なのだと、自戒しています。

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  • Ron Shimada 6月 4, 2012 at 8:24 am

    ゆきねえ様。 晩餐会レポートは実況中継みたいに臨場感に溢れていましたよ。人とでも、ワインとでも、出会いと言うのは楽しくもあり、また難しいものですねえ。 Samuraiさんのコメントは正にその通りだと思います。 ま、良くも悪くも自分を取り巻くものの全てが自分をつくる大事な環境ってことで感謝しなくちゃね。 ゆきねえ、更に滋味豊かで、ぶっ飛んで、且つちょっと毒のあるブログを期待してますよん。Ron

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  • yukisaito 6月 4, 2012 at 12:54 pm

    Ronさん、心強いコメント、ありがとうございます。

    現在、ワインのマスターコース(WSET Diploma Studies) の多々有る科目の中でも、蒸留酒(世界中のウィスキーやブランヂィーから始まって、ありとあらゆるハードリカー)の試験勉強と、もう一科目(世界の強精酒=つまりシェリー、ポルト、デザートワインなど)の試験が今月中旬に集中しているため、この2ヶ月ほど寝る間も惜しんで家で缶詰状態の受験勉強に励んでおります。理論と試飲の試験に備えて、暗記カードを横目に、連日ジン、ウオッカ、ラムなどを生産地、及び生産者別に風味で理解できるよう、訓練中。殆ど飲み込まないとはいえ、朝っぱらから夕方まで、何回かに分けて試飲しながら、こんな強靭な肝臓をくれた親に感謝(?)です。

    キッチンには、ずらりと何十という酒瓶が並び、冷蔵庫にはやはり何十というシェリーやらポルトワインなどのボトルがぎっしり。メードさんには、「アル中になった訳ではないのよ」と説明する有様です!

    ほほほ。

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  • swtor credits 6月 13, 2012 at 3:22 am

    I admired your intriguing words. great contribution. I hope you produce more. I will continue watching

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