パリの審判(Judgement of Paris)

ワインが、また一部の「ワイン通」 に牛耳られていたのは、欧米ではせいぜい90年代頃まででしょうか? それまでワインと言えばフランス!しかもボルドーとブルゴーニュばかりが偏重されており、まるで現在のアジアのどこかの国のようでした。

 

これに風穴を開けたのが、76年の『パリの審判!』(Judgement of Paris))でした。当時無名だったカリフォルニア(ナパ)のワインが、並みいる フランスの最高シャトーを凌駕して、赤、白ともに最優秀賞に選ばれたばかりではなく、上位を総なめしたのでした。

 

この「事件」はその後、色々な批判(フランス国内)と波紋(全世界)を広げますが、歴史として振り返ってみれば、3つの大きな流れを生み出したと言えるでしょう。

 

まず、ナパワインが世界のワイン地図 に於いて、その後の継続的な品質向上により、フランスワインと並ぶ世界最高峰の地位を確保した事。これは、カリフォルニアワインの市場価格と、フランスのグランクリューの値段と比較しても明らかです。

 

そして、第二の功罪は、ワインの新興国に与えた影響。カリフォルニアの成功に触発され、オーストラリアを始めとする各国が、従来のフランスだけではなく、新しい世界で開発されたテクノロジーやノウハウを吸収。自国のワインの質を大幅に向上しました。結果、今日では『新世界』のワインは、旧世界(ヨーロッパ)と質、量ともに肩を並べています。

 

最後に本家のフランスで起こった喜ぶべき現象。それまでフランスでは、「テロワール」「伝統」を錦の御旗に、何世紀と踏襲して来たワイン作りの手法を頑固に守って来ていました。が、それは同時に 人間の進歩とともに分かって来た「常識」を見直さず、結果様々な問題を抱えていたのでした。

 

フランスのワインメーカーの中には、新世界の革命に謙虚に学び、新しいテクノロジーを取り入れて、質を向上したシャトーも多く、更に何かと不自由で制約の多いフランスでのワイン作りを見限り、 アメリカ、オーストラリアなどの新世界で、自分の作りたいワインを追求するワインメーカーやシャトーが増えています。

 

現在では、世界各地で素晴らしいワインが作られています。しかも、各国のワインメーカーが新しい国でワイン作りをするということが、当たり前になっている現在、ニュージーランドやオレゴンのピノ ノワールが、 ブルゴーニュのグランクリュと間違えられたりと、プロでさえ見分けがつかない優良ワインが、格安で手に入る嬉しい状況になりました。

 

もうワイン通に頼らずとも、消費者の皆さんが、色々な国の ワインを気軽に試され、自分の好みを知った上で、ワインの価値(値段と味)を追求出来る、素晴らしい時代になっています。

 

 

Yuki Saito

斉藤ゆき

Diploma WSET, Certified Sommelier, Master of Wine Program
ワイン・コンサルタント 品評会審査員 ワイン・ライター

ニューヨークで金融キャリアを構築後、 生涯のパッションであるワインを、欧米のトップスクールで学び、日本人として希有な資格を数多く有するトッププロ。

ワイン教育の最高学府、Wine and Spirits Education Trust (WSET)の学位(レベル4最上位)をカリフォルニアで、上級資格(レベル3)をトップで本校(ロンドン)にて取得。更に、ソムリエ機関の世界的権威であるCourt of Master Sommeliers(ロンドン)の認定ソムリエ資格も有する。フランス留学は頻繁で、ボルドー、ブルゴーニュを始め、各地のワインスクールでフランス人と共に学ぶ。

現在は、サンフランシスコをベースに、ワインの顧問業務(日米)、連載記事の執筆と講演(日米)、品評会審査と視察(日欧米)を3本柱に活躍する傍ら、ワイン業界最高峰といわれるマスター・オブ・ワインのプログラムに所属し、MWを目指して切磋琢磨中。
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